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移植で助かる命はもっとある 改正臓器移植法施行10年

2020.7.17

産経新聞 東京朝刊 社会面 令和2年7月17日掲載

17日で本格施行から10年がたった改正臓器移植法。脳死下での臓器提供の要件が緩和され、国内で移植を希望する子供たちにも光明が差した。一方で提供数は法改正後も国際的に低水準で、待機期間は数年単位に及ぶ。「命のリレー」でつながった移植患者2人に経験談を、臓器提供者と移植希望者を結ぶ「日本臓器移植ネットワーク」の門田(もんでん)守人理事長には移植医療の現状と課題を語ってもらった。

抱っこできる幸せ 娘はドナーと歩む

■心臓移植 大倉あいなちゃん(3)

「ママ」。抱っこを求めて差し出された手を引き寄せ、小さな体を持ち上げる。目線に無邪気な顔がやってきた。お互いに笑い合う瞬間がいとおしい。

石川県の大倉旭乃さん(26)は少し前まで、こんなささやかな幸せを想像することもできなかった。長女のあいなちゃん(3)の異変に気付いたのは生後6カ月ごろ。地元の医療機関では、せきなど風邪症状があるという診断を受けたものの、なかなか回復の兆しを見せない。

紹介された大学病院で検査を受け、重い心臓病である「拡張型心筋症」と告げられた。心臓はいつ急停止してもおかしくない状況で、集中治療室(ICU)に入ったが、容体は急変を繰り返した。「このままではもたない」。別の病院に転院し、補助人工心臓を着けることになった。

無事装着を終え、体が少し楽になったのだろう。柔らかな表情でいることが増え、食事もよく食べてくれるようになった。だが元気になったように見えても、体は“爆弾”を抱えたままだった。

感染症や血栓形成などへの警戒が必要で、チューブにつながれ、ベッドに横たわったまま。2度の脳出血も経験した。常に死の恐怖と隣り合わせにあった。

命の灯を未来につなぐには、心臓移植にかけるしかなかった。だが、国内で移植を待つ小児患者は多く、「3、4年の待機」も視野に入れるよう説明を受けた。

長期戦を覚悟していたところ、国内で移植がかなうと知らされた。手術は成功。その時の気持ちをどう表現していいか、今も分からない。救われた命の先には、深い悲しみの中で、命を救う決断をしてくれた人たちがいる。

よく笑うようになった娘を見て、思った。「あいなは、ドナーさんと一緒に生きている。そしてこれからも、一緒に歩いていく」

移植後は日に日に元気になっていった。寝たきりだった時間を取り戻すかのように、抱っこをよくせがむ。背は伸び、顔もふっくらとしてきた。歩こうとする意欲は旺盛で、発する語彙も増えている。幼稚園で他の子供たちと遊べるようになる日が待ち遠しい。

「これからきっと、いろいろなことがあると思う。でも、どんな状況にあっても、自分を貫ける強い子に育ってほしい。そして何より、病気と闘い、助けられたからこそ、他人を思いやれる優しい心を持った大人になってもらいたい」。娘の未来へ、感謝と願いを込めている。(三宅陽子)

臓器提供の意思 生かす仕組み必要

■日本臓器移植ネットワーク 門田守人理事長

--法改正後も臓器提供数が伸び悩んでいる。結果として待機患者の解消にはつながっていない

「法改正前より提供数は1桁増えており、法改正の意義はある程度あったと思う。ただ、諸外国とほぼ同様の臓器提供の要件が整えられたにもかかわらず、提供件数が少なく、いまだに待機中に亡くなる方が多いことを忘れてはならない」

--人口100万人当たりの提供数は0・75。海外と比較して極端に少ない

「欧米の数十分の1、隣国・韓国の10分の1に満たないのは、医療水準の高い国として恥ずかしい」

--提供数を増やすためには

「脳死の方からの臓器提供は、毎年ほぼ一定の割合で推移している。韓国などと同じように脳死の方の情報が全数確認でき、臓器提供に関する情報提供が確実に実施できるようになれば、日本における提供数を大きく増やすことも可能だろう。国民の臓器提供の意思が適切に生かされるような仕組みづくりが求められる」

--法改正までは、子供の心臓移植は海外渡航に頼らざるを得なかった

「世界的にも臓器提供数は不足している。一方で、昨年から小児の提供数が伸びているが、自国で臓器移植を必要とする患者を救うことができるような社会にしなくてはいけない」

--内閣府の平成29年度の世論調査では、42%が「脳死後に臓器提供したい」と答えている。国民の理解がより深まるにはどんなことが必要になるか

「人間の幸福、命というテーマを国民一人一人が深く十分に考え、責任を持って行動できるかが重要だ」

(聞き手 伊藤真呂武)

臓器移植法

平成9年10月16日に施行され、脳死と判定された人からの臓器提供が可能になった。当初は書面での本人の意思表示と家族の承諾が必要だった。国際移植学会が20(2008)年の「イスタンブール宣言」で臓器売買の禁止などを提言したのを機に、22年7月の法改正が実現。本人の意思が不明でも家族の承諾だけで提供が可能となり、15歳未満の子供からの提供も認められた。

脳死判定

移植する臓器を摘出する前に、提供者が脳死であることを確かめる手続き。臓器移植法に基づき、具体的な手順が定められている。提供者に自発呼吸や脳幹反射がなく、脳波が平坦であることなどが要件。2人以上の医師が6時間以上の間隔を置いて2回の検査を実施する。脳のダメージに対する回復力が高い6歳未満の小児は、24時間以上の間隔を空けることと規定されている。

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