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「子供助けたい一心」ミャンマーで100人以上の手術 JCHO大阪病院 市川肇医師

2026.6.17

産経新聞 令和8年6月16日配信

「手術をした子供が元気になることが一番のモチベーションだった」と語る市川肇さん

設立60年を迎えた「あけみちゃん基金」(産経新聞厚生文化事業団運営)は、心臓病の子供たちを救うため、これまでミャンマーでの医療支援事業も行ってきた。医療団の中心として、子供たちの手術や現地の医師への指導に尽力したのがJCHO大阪病院(大阪市福島区)の院長特任補佐で心臓血管外科医の市川肇さん(68)だ。「子供の命を助けたいという一心だった」と当時を振り返る。

豪雨で停電、院内に野良犬も…

医療支援が始まる前年の平成26年、ミャンマーに渡り現地を視察したときの衝撃は今でも忘れない。十分な設備や薬もなく、劣悪な衛生環境にある病院。重い心臓病の子供は死を待つしかない現地の実情を目の当たりにし、言葉を失った。「豪雨で手術中に停電したり、病院内に野良犬もいたりと、悲惨な状況だった」と話す。

翌年から基金によるミャンマーへの医療支援が始まった。市川さんは新型コロナウイルス感染拡大を受け支援が休止する令和2年までの間、10回以上渡航。日本と違い術後管理に必要な態勢が整っていない現地の病院では、治療できる病気も限られていたが、「放っていたら死んでしまう子供が目の前にいる中、帰れとはいえない」と懸命に対処した。

一方で手術をしても、その後のフォローができず数週間後に亡くなる子供もいた。「日本なら助けられていた」と悔しさをにじませる。

支援の中で最も重視していたのは、現地医師の育成だ。ミャンマーでは医師の待遇は悪く、生活費を稼ぐためにアルバイトをしなければならないケースもあった。そんな中でも医師たちの意識は高く、熱心に学び、技術を向上させていった。

指導では子供の心臓の扱い方や縫合方法など「しつこく厳しく教えた。怖かったかもしれない」と笑う。「みんな優秀だから、飲み込みが早かった。心臓外科に携わりたいという医者は本当にモチベーションが高かった」

5年間に及ぶミャンマーへの医療支援では延べ100人以上の子供の手術に携わった。「キャリアの中でも誇れる仕事だった。難しい病気を抱える子供を助けて、元気になってくれることがとてもうれしかった」と語る。

基金の元運営委員でもある市川さん。子供への心臓外科手術は「国が平和で、お金がないとできない治療」と強調し、「お金を理由に子供の命が失われることのないよう、支援をしてほしい」と話した。

海外408人適用 医療技術指導も

国立ヤンキン子供病院で手術を受けた子供と写真撮影する市川さん(左)ら

あけみちゃん基金は設立から間もなくして海外の子供にも適用を拡大した。昭和47年に外国人への適用第1号として、インドネシアのクルニアワン・スリスティオ君=当時(7)=が治療を受けたのを皮切りに、これまでに21カ国、408人の子供に適用された。

活動の幅も広げてきた。平成27年からは、先天性の心臓病治療の発展に向け、ミャンマーでの医療支援をスタート。医療団を派遣し、手術やカテーテル治療を担いつつ医療技術を現地医師らに伝えた。新型コロナウイルス禍を機に現在海外支援は休止しているが、これまでに医療団がミャンマーで治療した子供は計368人に上る。

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