産経新聞 令和4年8月17日配信
ベッドの脇には小型冷蔵庫ほどの大きさの駆動装置。そこから伸びたチューブはポンプにつながり、ベッドに横たわる小さな体に血液を送り続けている。「頑張ったね」。息子に身を寄せ、手を握りしめた。
東京女子医大病院で今月3日、明美ちゃん基金から寄贈された小児用補助人工心臓「EXCOR(エクスコア)」が、拡張型心筋症を患う千葉県の男児(4)に装着された。男児はすでに集中治療室から一般病棟に移動。8日には家族の付き添いも再開した。「苦しそうな呼吸は治まり、少しずつ食欲も出てきている。安定した状態が続いてほしい」。父親(43)は願いを込める。
少し前まで元気いっぱいに跳びはねる子供だった。幼稚園で遊び回り、習い事のプールも熱心に通った。電車が大好きで、家族3人で各地の鉄道博物館をめぐったこともある。
穏やかな毎日が一転したのは3月。突然の嘔吐(おうと)で医療機関に駆け込んだ。呼吸状態が悪化し救急搬送された病院で心不全を指摘され、転院先の東京女子医大病院では、心臓の僧帽(そうぼう)弁がうまく機能していないことが判明。手術で容体が改善し、いったんは退院するまで回復したが5月に再び嘔吐し、再入院が決まった。
「拡張型心筋症」。医師から新たな診断名を告げられた。当初は院内のプレールームで遊ぶこともできたが、次第にベッドから起き上がることもしなくなった。息苦しさから眠ることもままならず、食べても吐いてしまうこともあった。
「一番しんどい思いをして頑張っているのは息子。できることは何でもしてあげよう」。夫婦で話し合い、心臓移植を目指すことを決めた。
だが、移植まで待機するのに必要な小児用の補助人工心臓の空きがなく、いったんは成人用を装着せざるをえなかった。
同病院心臓血管外科の新川武史教授は「過去にエクスコアの空きがないために移植を断念し、命を落とした子供は何人もいる。全国でエクスコアの台数を増やすことには大きな意義がある」と強調する。
エクスコア装着後は、苦しそうな呼吸から解放され、食欲が出てきたのか好物のおにぎりをねだることもある。そんなわが子の姿にほっと胸をなでおろす一方、感染症や血栓形成のリスクを抱え、緊張感が消えることはない。
新川教授も「エクスコアは移植までの橋渡しであり、最終目標は心臓移植」とした上で、「移植医療への社会の理解が進むことが子供たちを救うことにつながる。多くの人がドナーカードを持つような社会になってくれれば」と願う。
病院のベッドの上で過ごす日々の中で、楽しみは大好きな電車のDVDを見ること。さまざまな電車の名前を覚えては、得意げに披露してくれる。「電車の運転士になりたい」。そう話すこともある。元気になってたくさんの夢をかなえてほしい。両親は、心臓移植の道に願いを託したいと思っている。(三宅陽子)